プロフィール

ツイッターネーム @jewel_2 から「Jeweln(じゅえるん)」という名前になりました。


2010年 クンダリーニ昇華、意識変化が起こりそれ以来多次元宇宙を模索。

2012年 ツインレイ(原初に分離した魂の片割れ)に出逢う。

2015年 梵我一如、色即是空、空即是色、様々な体感を得るも人生は終わるまで学びとす。

    


生い立ち

群馬県で、自営業の両親のもとに3人兄弟の長女として生まれました。


母は子供を思い通りにしたい人で言う事を聞くまで、はたいたりする所がある人でした。

また、男勝りで商売が好きだったので、子育てにはあまり目を向けず、子供達は日常の世話は祖母にしてもらっていました。


父は家業よりも音楽好きだったので、晩年は尺八の師匠をしていました。

家には色々な楽器があったお陰か、私は自然と音楽を好きになり、大学は都内の音大に進みました。


卒業後は、高校の時からお付き合いをしていた人と結婚する予定でしたが、卒業と同時に、子宮内膜症よる卵巣破裂が起こり緊急で手術を受け、大量に輸血をしました。

放置すれば、2-3時間で死んでしまう状態だったそうです。

手術台の上で、狂うような腹痛のさなか、どこか冷静にその様をみていて、22年の人生かもしれないと思っていました。


手術後、1年間の病気療養をしたあと結婚し、じきに2人の子供に恵まれました。

上は男の子、下が女の子でした。


男の子は、アレルギーで喘息がひどく、何回も入退院するほどでした。

思春期になるまで、病院通いが絶えない上に、高校中途退学、予備校に行って高校再受験、後に短大から4年制へ編入学するなど、終始手がかかりました。


その間に姑が癌になり、夫が一人っ子だったために、子育てをしながら一人で看病もしましたが、2年で母は他界しました。


二番目の女の子は、健康そうに見えましたが、中学一年の時に学校で倒れて以来、学校に行けない日が多く、上の子の手が離れた頃から、今度は下の子で手一杯になりました。


一日中寝ている日が多く、登校拒否かも知れないと思っていましたが、それにしては顔色も悪く、全身を痛がっていました。

高校へは何とか進学したものの、ほんの僅かしか行くことが出来ず、最終的には中途退学しました。


この頃、自営だった夫の会社が、経営不振で閉鎖せざるを得なくなり、以前より夫婦仲も思わしくなかったので、それを切っ掛けに離婚となりました。


その後も、娘の状態ははっきりせず、付近の病院を転々とし、入退院を繰り返しても病名さえわからず、本人も家族もとても苦しい時期でした。


そんなある日、人づてに聞いた病院の整形外科でMRIを撮った所、もしかすると先手天的な脳外科の病気かもしれないと言われ、大学病院を紹介されました。

しかし、大学病院に行ったものの、症例が少なく手術できず、次第に全身がマヒして寝たきりになってゆくのを、見ているしかありませんでした。


私は藁をも縋る気持ちで神棚を作り、ひたすら祈りました。

胸のあたりから神棚に向かって、真っすぐに祈りが出て行くのを、ただ感じていました。

一方、インターネットの掲示板で、治せるお医者様が居ないか、呼びかけていました。


そんなある日、神棚の前で不思議な体験をし、大きな気づきを得ました。

それから間もなく奇跡の様な流れで、日本で唯一の研究者と言われる先生とめぐり合い、手術を受ける事ができました。

一番辛かったのは娘に違い有りませんが、この時は母である私も救われた気持ちになりました。


今は、息子も娘もそして私自身も、折に触れ気づきを得つつ、それぞれの道を歩み、幸せで穏やかな日々を送っています。

スピリチュアル体験

8歳頃

身体に入っている「私」とは何かを、哲学していた。

空に飛ぶプラーナをいつも見ていた。

周囲との違和感があり、どこか馴染めていないことを承知していた。

第三の目で先を見て、何が起こるかいつも分かっていた。

内的観察を、折に触れしていた。

意識を3次元に合わせて眠る方向に向かうのではなく(概念に囚われるのではなく)、半開きのまま、中学、高校、音楽大学と進む。



20代

1975年

大学卒業前に、瞑想の講義を受け瞑想を始める。

しかし当時はそれほど熱心に瞑想していたわけではなく、ストレス解消程度の認識しかなかった。

数か月後、内臓破裂による緊急手術を受けた時、その様子をどこか別の視点で見ていた感覚が残る。


1977年~約10年間

結婚し、嫁ぎ先の家風の強い概念に縛られ、軸を外に置き、完全に分離状態となる。



30代

日々生き辛さを感じ、意識を内に向けた時、自分の周りに概念の枠があるビジョンを見る。

私らしくしようとすると、その枠から手足がはみ出すような感覚になる。

常に思考が優先し、動こうと思ってもなかなか動き出すことが出来ず、怠惰な生活が続き、そんな自分を許す事ができないでいた。

そんなある日突然に軽いショックを感じると同時に「自分を救うのは自身しかいない」と言葉が降りて来て、最初の大きな気づきが起こる。

遠隔で起こっている事が、第三の目で見えるようになる。



40代

嫁のしつけに厳しかった姑が他界。

半年後、光に乗った母の霊が私を訪れ、3日3晩様々な知恵を授けていった。


母が訪れた時の様子は、座っている私の頭上に、金色の光の玉がフワフワと飛んできて割れ、光の粉が私の全身を包み、この上ない至福感だった。

その光が消えたと同時に、左肩の後ろに亡き母が立っていた。


母から知恵を授かるも、数年後に離婚となる。


離婚後は、なす術のない難病の娘を抱え、毎日ただ神棚に手を合わせていたがある日、鳩尾に大きな球体のエネルギーを感じると同時に「祈る姿こそ神」と言う言葉が下りてくる。

その後は道が開けたように、良い方向へ向かいだす。



50代

2007年

娘(@kuujigen)が、クンダリーニ昇華


2008年

娘が覚醒


2010年 12月

私(@jewel_2)が、クンダリーニ昇華~覚醒

・内観と瞑想をしつつ、自我の受け入れを始める


2012年

春:神に抱擁される体験

夏:魂の片割れの、ハイヤーセルフとのチャネリングが始まる

秋:実物の魂の片割れ(ツンレイ)と出会う 

・常に、内観と瞑想と観念昇華をする


2013年

3月17日:親子で初のトークライブ

夏:死後の世界を見る 

  過去の記憶に、地球外での宇宙戦争などもあり浄化

  空を見て帰りたいと意図したら、宇宙人が迎えにくるが断る

  宇宙人にチップを埋められる

・内観と瞑想と観念昇華をし、自我を受け入れる作業を続ける



60代

2014年

7月:ツインレイと2人でお話し会を開く

秋:ツンレイと離れる

12月:アンドロメダの意識体「メダリオン」とチャネリングが始まる

   数日後、アンドロメダの意識体が光の形で現れ、3日間ウオークインされ、様々な情報を得る

・内観、瞑想をしてもツインレイに対する執着だけが残る


2015年

5月:インドの聖者のダルシャン(抱擁)を切っ掛けに、自我の全てを受け入れ、ナーディに光の柱が立つ体験をする

同時に、魂の望む地球体験が、ヒーリングである事を思い出しヒーラーとなる。





あとがき

2010年に覚醒し内観を初めてから、自我の全てを受け入れるまでに5年の月日がかかりました。

2015年に全ての自我が消滅した時は、天から地に向かって身体を光が、柱の様に貫きました。

何もない空っぽの状態で3か月程いましたが、日常を過ごすのに不具合が起こらぬよう、分離の関係性(親子、兄弟.....etc)の概念は、再度身に着ける事を意図しました。


今は魂が望んだ通り、ヒーラーをさせて頂いています。

そして、これからもヒーリングをしながら、地球生活を楽しんでゆきたいと思います。